東京地方裁判所 昭和26年(ワ)4226号 判決
原告 石原開発興業株式会社
被告 日本通運株式会社
一、主 文
被告は原告に対し金百六十五万九千七百二十三円及びこれに対する昭和二十七年十二月三十一日から右支払済まで年五分の割合の金員を支払うべし。
被告は原告に対し別紙<省略>第二物件目録記載の物件を引渡すべし。
原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は、原告勝訴部分に限り、原告において金六十万円又はこれに相当する有価証券を供託するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金百七十四万百十二円及びこれに対する昭和二十七年十一月一日以降支払済まで年五分の割合の金員を支払うべし、被告は原告に対し別紙第二物件目録記載の物件を引渡すべし、訴訟費用は被告の負担とする、」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。
原告は特殊鋼、諸機械類等の販売を業とする者であるが、昭和二十五年十二月九日訴外平林工作所事平林嘉国から別紙第一ないし第三目録記載の品目数量の特殊鋼を買受け、これが所有権を取得し、同日右平林嘉国は原告の依頼に基づいて運送取扱人である被告会社松本支店明科営業所に対し荷送人平林工作所、荷受人原告、運賃は到着後荷受人払の約定で第一物件目録記載物件(第一回発送分と称する)の運送取扱を委託し、これと同時に別紙第二、第三物件目録記載の特殊鋼(第二回発送分と称する)について前同内容の運送取扱を委託し、右運送取扱契約に附随して右特殊鋼を当時保管してあつた長野県東筑摩郡中川手村大字明科所在の平林工作所から国鉄明科駅構内まで運搬することの委託をなした。
しかして被告は第一回発送分の取次をしたのであるが、委託した第二回発送分特殊鋼中別紙第二物件目録記載の特殊鋼の一部及び第三物件目録記載のドリルロツト合計約九トンを運送取次のため平林工作所において受取り昭和二十五年十二月二十日までに平林工作所から明科駅露天ホームに運搬した儘一ケ月間同ホームに放置し、翌昭和二十六年一月二十日これを被告明科営業所倉庫に移動して、これを保管し現在に至つている。右物件中ドリルロツトは精密機械の部分品及び工具等に使用する特殊鋼で、その用法上錆は絶対に禁物である。原告がこれを買受けたときは錆のない良品であつたが、被告がこれを明科駅露天ホーム及び被告明科営業所倉庫に業務上保管している間に発錆し、現在では全部ドリルロツトとしての利用価値を喪失した。そこで原告は右ドリルロツトの所有権を毀損され、そのためにドリルロツトの価格、即ち、ドリルロツトの価格は被告の保管中に騰貴し、昭和二十七年十月末日現在における小売価格は総計金百七十四万百十二円となつたのであるが、これと同額の損害を蒙つた。ところで商法第五百六十条は、運送取扱人はヽヽヽ運送品のヽヽヽ毀損ヽヽヽに付き損害賠償の責を免れ得ない、旨定めているのであるが、同条は運送取扱契約に基づく運送取扱人の債務不履行の損害賠償に関するばかりでなく、運送品に関して利害関係を有する凡ての者に対する不法行為に基づく損害賠償を定めた規定であつて、運送取扱人は運送取扱契約の当事者以外の者で運送品に対して所有権を有する者の蒙つた損害を賠償する義務あるものと解すべきであるから、本件において被告は原告に対して商法第五百六十条に遵由して損害を賠償する義務がある。
仮に商法第五百六十条に遵由する損害賠償請求が認められないとしても、前述の第一回発送分の特殊鋼が昭和二十五年十二月十六日国鉄汐留駅に到着したところ、被告は原告に対して、被告が訴外平林嘉国に対して有する運賃等諸掛金債権の立替弁済と引換に右貨物を引渡す旨申入れて来た、原告は支払の理由がないからこれを拒絶したけれども、貨物引取遅延によつて莫大な貨車料を負担するに至るので、已むなく被告の要求通り立替払して貨物を引取つたのである。ところが被告は右弁済によつて訴外人の債務は消滅したに拘わらず、運送取扱委託にかかるドリルロツトを明科駅露天ホームに搬出した儘その運送取次をせず不法にもこれを同所において一ケ月間留置し、昭和二十六年一月二十日には擅に被告明科営業所倉庫に搬入し同所において不法に留置保管を続けている。ところがドリルロツトは水分、薬品及び塵埃の作用により錆を生成増加して廃品になるのであるが、露天ホームの留置場所は約二坪の凹地で、ここに山積にして放置されていたし、又被告明科営業所倉庫は雨戸がなく、壁土が所々落ちて内部から外部がみえる程で雨天の際は戸外の湿潤な空気が倉庫内に侵入するし、又、該倉庫は本来農業用肥料倉庫に使用され常に過燐酸石灰、硫酸アンモン、塩等の物件を保管し、その出し入れに当つてこれ等の粉末がドリルロツトに附着し、同倉庫に存置されているアイスキヤンデー製造機からはアンモニアの臭気を発散しているという状態でドリルロツトの保管に不適当な倉庫であつたので、被告の不法留置の間に水分、塵埃、肥料類の作用をうけ、ドリルロツトは錆を増加促進し、使用不能品となつたのである。しかして、ドリルロツトは前叙の価格を有するから、原告はドリルロツトの所有権を毀損され右価格と同額の損害を蒙つたのであるが、右の損害は以上のように被告の不法行為により原告の所有権を侵害したことに因つて発生したものであるから、被告は原告に対して右損害を賠償する義務がある。
よつて右損害金と不法行為の後である昭和二十七年十一月一日から、右支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
次に、右ドリルロツト以外の特殊鋼は錆びても使用に妨げないものであるが、被告はその一部を前記のように被告明科営業所倉庫に不法に留置している外、前記訴外平林嘉国に対する運賃等諸掛債権は消滅しているに拘わらずこれが請求権保全のためと称して不法にも原告所有の平林工作所にある残余の特殊鋼約五トン(以上の両者を合せたものが別紙第二物件目録記載の物件に相当する)に対して長野地方裁判所松本支部の仮差押決定を得て昭和二十五年十二月二十日仮差押を執行し(同裁判所昭和二十五年(ヨ)第四六号事件)た、右仮差押執行の際該差押物件は被告明科営業所倉庫に移され執行吏の占有に移されたのであるが、昭和二十七年十二月二十五日該仮差押の解放後は被告が不法にこれを占有しているのである。右第二物件目録記載物件は前記のように原告の所有に属するから、原告は被告に対して所有権に基づき右物件の引渡を求めるため本訴請求に及んだ、と述べ、
被告の主張に対して仮に第二回発送分に対する運送取扱契約が成立していなかつたとしても、(1) 被告は運送取扱営業に関してドリルロツトを占有保管していたのであるから商法第五百六十条に基づく損害賠償責任を免れない、(2) 被告の民法第七百九条に基づく不法行為は成立しているので、右運送契約の成立の有無に拘わらず被告は原告に損害賠償の義務があると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、原告がその主張の如き業者であること、被告が訴外平林工作所から原告主張の如き第一回運送分の運送取扱の委託をうけたこと、該貨物は昭和二十五年十二月十六日国鉄汐留駅に到着したが、右貨物の引渡しに当つて被告が原告に原告主張のように訴外平林嘉国に対する運賃等の立替支払を要求したところ原告は一旦立替払を拒否したが、同日これが立替払をしたこと、被告が原告の第二回発送分と称する鉄棒の一部の運送の委託をうけその主張の日時明科駅露天ホームに運搬し、その後原告主張の日時これを被告明科営業所倉庫に搬入したこと、原告主張の日時原告主張の如き仮差押をなし、その後原告主張の日時これを解放したことは認めるが、原告がその主張の鉄棒を訴外平林嘉国から買受けこれが所有権を取得したこと及び原告がその主張の如き損害を蒙つたことは不知、その余の事実は否認する。原告が第二回発送分と称する鉄棒については、被告は平林工作所から明科駅ホームまでの運搬を委託されただけであるし、右運搬当時全部錆びていたものである。被告が右鉄棒を明科営業所倉庫に移動したのは、被告が鉄棒を明科駅ホームに運送したのに平林嘉国も原告も之が運送について何等の処置を採らなかつたが、被告が明科駅係員から駅構内の整理上撤去方を要求されたので平林嘉国や平林工作所に引取方を求めたが埒があかないので、好意的に被告営業所倉庫に引取り保管してやつたものである。しかして、被告が明科駅露天ホームに鉄棒を置いたのは、明科駅の設備が悪いからのことで、ホームに搬出当時被告は鉄棒にトタン蓆等をかけて雨露を防ぐための設備をしていたから被告の何等の過失はないし、又、被告が原告主張の鉄棒を明科営業所被告倉庫に保管してやつたのであるが訴外平林嘉国は鉄棒が濡れても差支えないものであるから、無蓋貨車の配車を申込み裸の荷造りでこれを運送しようとした程のものであるから、被告がこれを倉敷料を収受して寄託物主として運送品を保管する営業倉庫に保管したものであるから、被告の保管について何等の過失がないと述べた。<立証省略>
三、理 由
先づ損害賠償請求につき案ずるに証人平林嘉国の証言によつて成立を認めうる甲第一号証、証人井田藤四郎(第三回)の証言によつて成立を認めうる甲第十一号証に証人井田藤四郎(第一ないし第三回)、同平林嘉国、同井上進四郎の各証言を綜合すると、原告は昭和二十五年十二月九日頃訴外平林嘉国から、その所有にかかる別紙第一ないし三物件目録記載の品目、量目の特殊鋼を代金は後日精算支払の約定で買受け、これが所有権を取得したことが認められ、右物件中別紙第一物件目録記載の特殊鋼(第一回運送分と称する)について、昭和二十五年十二月十三日平林工作所は運送取扱人である被告に対して、荷送人平林工作所、荷受人原告、運賃は運送品到着後荷受人払の約で運送取扱を委託したことは当事者間に争がない。
しかして、証人平林嘉国、同平林昇の各証言を綜合すると鋼材運搬のため平林嘉国が直接国鉄から貨車の配車をうけ第一回発送分の積込をしたのであるが、鋼材の買受人原告の社員に当時運賃の持合せがなかつたので、平林昇が前示の約旨で運賃後払で運送の取次をする被告に該貨物の運送取扱を委託し、これと同時に、積残して明科駅ホームにある鋼材を貨車に積込むことを被告会社明科営業所長に申込み同所長がこれを承諾したことが認められ、証人川上進四郎、同小川原雅の各証言を綜合すると訴外川上進四郎等が被告明科営業所長に会つた際、同所長が後記仮差押以外の特殊鋼九トン即ち明科駅露天ホームに運搬された特殊鋼(第二回発送分の一部)は運送してやりたいが被告会社松本支店長から差止められているので送れない旨言明したことが認められ、そして被告が運送の委託をうけて、昭和二十五年十二月二十日までに鋼材約九トンを平林工作所から明科駅ホームに運搬し、翌昭和二十六年一月二十日該物件を被告明科営業所倉庫に搬入し現在に至つていることは当事者間に争のないところであるから、以上認定した事実を綜合して考量すると、被告は昭和二十五年十二月十三日原告会社の社員が買受特殊鋼の運賃の持合せがなかつたので、第一回発送分以外の特殊鋼をも、第一回発送分と同様に運賃後払で、平林工作所から明科駅に運搬し、且つ、国鉄貨車による運送取扱をなすことの委託を受け、同月二十日までに前記明科駅露天ホームに運搬した約九トンの特殊鋼を運送取扱のため業務上保管するに至つたものと認定するのが相当である。右認定に反する証人小川原雅(第一、二回)の証言は前顕証拠と比照して措信できないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。しかして鑑定人石井利雄鑑定の結果によると、明科駅ホームから被告明科営業所倉庫に搬入された特殊鋼中に別紙第三目録記載品目量目の各種ドリルロツトがあること明らかであるが、原告は、被告の保管中に運送取扱委託当時錆のない良品であつた右ドリルロツトに錆を生成し、ドリルロツトとして無価値となつた旨主張するので、この点について考える。
証人平林嘉国、同平林昇、同井田藤四郎(第一回)の各証言を綜合すると、前記売買の際に、平林嘉国の希望によつて同人の経営する平林工作所の半年又は八月分位の作業に必要な分量のドリルロツト約三百キロを残してその余の約四トンを売買したこと、右売買の際に検貫しながら錆のある不良品を除外して錆のない良品だけを原告に売渡し、残品は平林工作所の倉庫に保管しておいたことが認められる。右の事実と第一、二回現場検証の結果によつて認めうる、右残品は昭和二十六年十一月九日第一回現場検証、昭和二十七年五月三十日第二回現場検証の当時平林工作所倉庫に保管されていたがいづれも鉛色の光沢を有し錆を生成していなかつたが、これを引換えて係争ドリルロツトは第一回検証当時被告明科営業所倉庫の土間に横に積重ねて保管されていたが、右の中鈍い鉛色の光沢を放つているものが若干あつたが、殆んどすべて錆を生成して茶色を呈し、下積になつた口径三ミリのドリルロツトは表面に著るしい凹凸を生じている事実を綜合すれば、本件係争のドリルロツトは運送取扱委託当時は平林工作所に保管されているドリルロツトと同程度の錆のない品であつたが、被告がこれを前記のように明科駅ホーム及び被告明科営業所倉庫に業務上保管したからその間に錆を生じ、或いは凸凹を生じ原告のドリルロツトに対する所有権が毀損されたものと考える外ない。尤も鑑定人藪内清三鑑定の結果によれば、同鑑定人はドリルロツトについて腐蝕試験の結果を基礎とし係争ドリルロツトの一部の腐蝕深度、保管状況等を比較考量の上、本件ドリルロツト発錆の時期を明確に推定することは困難であるが、被告保管前に一部腐蝕していたもので、該発錆の原因は大部分湿潤せる大気によるもので、酸、アルカリの如き薬品又は高温の空気によるものでないと鑑定しているけれども右鑑定の基礎となつて腐蝕試験が係争ドリルロツトの発錆と同一条件を正確に再現したものでないことはその鑑定理由に徴しても明らかであるから該鑑定の結果が係争ドリルロツトの発錆の時期を実験的に証明したものとなすことは困難であるばかりでなく、鑑定人椙山正孝の鑑定理由中にもあるように、鉄鋼表面に塵埃及び硫酸アンモン過燐酸石灰のような腐蝕性薬品が附着すると発錆が促進されるのであるが、第一、二回検証の結果及び鑑定人石井利雄鑑定の結果によつて明かなように、被告明科営業所倉庫には紙袋又は叺入りの過燐酸石灰が保管され、該倉庫内のドリルロツト附近の土壌に硫黄燐等が含有されているところから考察すれば、肥料の出し入れの際に塵埃や右肥料の粉末が飛散してドリルロツトに附着し因つて著るしく錆の生成を促進したものと推察するに難くないのであつて、右のような塵埃及び薬品の発錆促進作用及び被告明科営業所倉庫の状況を看過した点を考えるならば、藪内鑑定人鑑定の結果を採つて直ちに前叙鑑定を妨げるものとはなし難い。又、乙第三号証(証人小平進一作成の鑑定書と題する書面)、乙第四号証(証人花村栄治作成証明書と題する書面)には係争ドリルロツトの錆は被告明科営業所倉庫に保管前相当期間前に生じていたものと認める旨の記載があり、乙第五号証(株式会社上条鋼材店作成証明書と題する書面)には係争ドリルロツトは過去六年以上積重ねていたために生じた錆と認める旨の記載があり、証人小平進一、花村栄治、原正四郎は同趣旨の供述をしているけれども、右はいづれも前掲各証拠と比べて直ちに措信出来ず他に前叙認定を左右する証拠がない。又、証人平林昇、同井田藤四郎、同藤原和市、同藤原明及び同竹内数秋の各証言を綜合すると係争ドリルロツト売買の前日頃平林工作所に錆びた鉄棒が運搬され、これの中から原告に売渡された鉄棒のある事実が認められるが、前示平林昇、井田藤四郎両証人の証言によつて、右鉄棒は所謂黒皮といい係争ドリルロツトと別種の鋼材なることが認められるから、これ亦前認定の妨げとならない。係争ドリルロツトは明科露天ホームに運搬当時既に錆を生じていた旨の証人小川原雅の証言(第一回)は措信し難く、他に前認定を覆すに足る証拠はない。しかして、鑑定人小倉孝八鑑定の結果によると、ドリルロツトは精密機械及び工具類に使用するもので研磨加工を施し玲瓏たる銀色の光沢を有するので、その誤差は百分の二ミリ以内を条件とし錆は絶対に禁物とされるものであるが、右の標準に照し昭和二十七年五月三十日第二回検証の際に係争ドリルロツトは右認定のように錆と曲りを生じているために、ドリルロツトとしての使用価値は皆無となり、その中六ミリ以上のものは工具及び農具刃物用として、六ミリ未満のものは屑鉄としての利用価値を有するに止まつていることが認められるのであつて、結局係争ドリルロツトは前記のように被告が業務上保管中に錆と曲りを生じ、ドリルロツトとしての利用価値を失い、原告のドリルロツトに対する所有権が毀損されたものと謂わざるを得ない。
ところで原告は右の如く運送取扱人が運送品を業務上保管中に運送品が毀損した場合、運送取扱契約の当事者以外の者、本件においては運送品の所有者である原告も、商法第五百六十条に基いて不法行為を理由として損害賠償の請求ができる旨主張するので、商法第五百六十条が不法行為を理由とする損害賠償請求に適用されるか否かを考える。商法第五百六十条はそれが商法商行為編の規定として存し、且つ、不法行為に関してはこれに因つて生じたすべての損害を賠償すべきに拘わらず、商法第五百六十八条を以て、運送人の免責事項を規定した商法第五百七十八条を運送取扱人の賠償責任について準用したことに対照するときは商法第五百六十条は右条項と相まつて運送取扱人の債務不履行に関する責任を規定したもので、不法行為によつて生じた損害賠償の責任に関して規定したものでないというべきこと洵に明白である。しからば、商法第五百六十条は不法行為によつて生ずる賠償義務の範囲及び挙証責任に関する特例を定めたものとはいい得ないから、原告が被告の不法行為を主張する限り商法第五百六十条に遵由して被告に対し損害賠償を請求し得ぬものと謂うべく、従つて商法第五百六十条に関する原告の前記主張は到底採用することが出来ないから、之を前提とする原告の請求は失当たるを免れない。
よつて次に、係争ドリルロツトにつき被告に不法留置の責任ありやにつき案ずるに、昭和二十五年十二月十六日別紙第一物件目録記載特殊鋼(第一回発送分)が国鉄汐留駅に到着し、これを被告から荷受人原告に引渡す際に、右貨物運賃の外被告の訴外平林嘉国に対する運賃等諸掛立替金の立替支払を要求したのに対して、最初原告が立替払を拒否したが、原告はすぐに右金員を立替払して第一回発送分を受取つたことは当事者間争がなく、成立に争ない甲第二号証、証人小林保吉の証言によつて成立を認めうる甲第七号証の一ないし四、成立に争ない乙第八、九号証、証人井田藤四郎(第二回)、同川上進四郎、同金沢勝三、同平林昇、同平林嘉国、同小川原雅(第一、二回)、同小林保吉及び同上野象三の各証言を綜合すれば、被告会社松本支店では予てから訴外平林工作所に対して運賃諸掛金債権を有しこれが回収に苦慮していたが、偶々平林工作所が荷送人となつて第一回発送分の運送をすることを知つたところから、その引渡の際に右債権の回収を図ろうとし、被告会社松本支店明科営業所の連絡で被告汐留支店から荷受人原告に前記の立替払を要求したのであるが、原告は立替払の理由がないというので松本支店に支払拒絶の旨打電したが、貨物の受取遅延のため無用に貨車の留置料を支払わねばならぬことを苦慮した末同日その立替払をして第一回発送分特殊鋼を受取つたこと、汐留支店から松本支店に右立替金の支払をうけた旨通知したが、この通知より遅れて原告の支払拒絶の電報が着いたところから、被告会社松本支店では原告が立替金の取戻を企図しているものと速断し取戻しに備え、前記平林嘉国に対する債権の執行保全のためと称して、昭和二十五年十二月二十日平林工作所にある原告所有の特殊鋼約五トンに対して仮差押の執行をなし(長野地方裁判所松本支部昭和二十五年(ヨ)第四六号事件)(仮差押の事実は当事者間に争がない)たので、これを知つた原告側では、井田藤四郎、金沢勝三、川上進四郎及び平林昇等が被告本社、被告松本支店等を訪ね交々被告保管中の特殊鋼が原告が買受け所有するものなること及当時ドリルロツトの価額が騰貴して居り、被告の保管状態が不良なる旨を述べ、その運送取扱方を要求したが、被告本社及び同松本営業所ではこれに応ぜず、被告明科営業所長もドリルロツト等第二回発送分は原告の買受けたものなることを知りながら、松本支店から差止められていることを理由に運送取扱を拒否し、前記当事者間に争なき如く明科駅ホームに一ケ月放置し、次いで被告明科営業所倉庫に移して現在に至つていることが認められる。被告はただ係争物件の明科駅までの運搬を委託されたまでで、その後委託者平林工作所が荏苒放置しているので、好意的に被告倉庫に保管してやつた旨抗争しているが、該主張に副う証人小川原雅(第一、二回)の証言は信用できず、他に前認定を覆し右主張を認めるに足る証拠もない。従つて、右認定の事実を綜合すると、結局、被告はその要求した立替金債務が消滅しているに拘わらず、しかも第二回発送分契約とは別個に発生した債権について第二回発送分中のドリルロツトを不法に留置しているものというべく、前叙係争ドリルロツトに対する原告の所有権の毀損はこれに因つて生じたものというべきであるから、被告は、その不法留置によつて原告の蒙つた損害を賠償すべき義務あるものといわねばならない。
よつて、損害の数額について案ずるに不法行為による物の滅失毀損に対する現実の損害賠償額は滅失毀損当時の交換価格によつて之を定めるべきであり、其の物の価格が不法行為後騰貴したときは不法行為がなかつたら被害者が売却其の他の方法によつて騰貴した価格に相当する利益を確実に取得したであろうという特別の事情が存在し且加害者において不法行為の当時之を予見し、又は予見し得べき場合に限つて、之に相当する損害の賠償も請求し得るものと謂うべきところ、原告が特殊鋼、諸機械等の販売業を営むものであることは当事者間に争がなく「ドリルロツト」は精密機械の部分品及び工具等に使用する特殊鋼であること及び被告会社(松本支店)は原告の社員等から右ドリルロツトの価額が急暴騰している時期であり、且つその保管状況が不良のため早急に運送取扱方を催促したことは前叙認定の通りであるから、反対の事情の見るべきもののない本件においては、原告が本件ドリルロツトにより騰貴した価格に相当する利益を確実に取得したであろうという特別事情が存在し、且つ被告において右特別事情の存在について予見し、又予見しうべかりしものと認めるを相当と謂わねばならない。而して鑑定人鈴木荘六、同小倉孝八鑑定の各結果を綜合すると、係争ドリルロツトの価格は不法行為当時の昭和二十六年一月に比べて昭和二十七年十二月末現在における小売価格は騰貴して居り、右現在の価格は別紙第三物件目録のとおり金百七十一万九千二百五十三円(但し鈴木鑑定人の価格表中カーボンドリルロツト四・五粍のものの数量三七九・四キロとあるは三九七・四キロの誤記、タングステンドリルロツト五・五粍のものの数量三八キロとあるは二七キロの誤記であるから右真実のキロ数により計算する。)であることが認められるから、反証なき本件においては本件口頭弁論終結当時においても右相当の価格を有するものというべきであるが、鑑定人小倉孝八鑑定の結果によると係争ドリルロツトは直径六ミリ以上のものは工具、農具及び刃物として、六ミリ未満のものは屑鉄として使用価値を有し、夫夫の用途に用いるときは昭和二十七年十月末現在において直径六ミリ以上のものは一屯につき金三万円、六ミリ未満のものは一屯につき金一万円の価格であることが認められるから、本件ドリルロツト合計三、九六八・二キロの右価格は別紙第四物件目録のとおり金五万九千五百三十円であること算数上明白であつて(小倉鑑定人の鑑定報告書第四項に現物件の利用価値とあるは別紙価格鑑定表のドリルロツトの価格の最終期が昭和二十七年十月末日なることと比照し該時期における単価を表示せるものと認める)、反証なき本件においては本件口頭弁論終結当時においても右と同額の価格を有するものと認めるのが相当で、他に右各認定を覆すに足る証拠はないから、原告の蒙つた損害は右各価格の差額金百六十五万九千七百二十三円を以て相当とする。しかして原告は損害賠償金に対して昭和二十七年十一月一日以後の遅延損害金の支払をも求めているのであるが、右損害賠償金は前記のように昭和二十七年十二月末の価格を基本としたものであつて、これは鈴木、小倉両鑑定人の鑑定の結果と照合すれば明かなように被告の不法行為当時の昭和二十六年一月末における小売価格より可成り騰貴した価格である、右のように騰貴した価格において算定した損害賠償額に対する遅延損害金は騰貴した価格算定の時から請求しうべきものと解するを相当とするから、原告の請求は、原告が被告に対して金百六十五万九千七百二十三円の損害賠償額とこれに対する損害賠償額算定の基本となつた昭和二十七年十二月三十一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを正当として認容し、原告その余の請求は失当として棄却を免れない。
次に別紙第二物件目録記載物件の引渡請求について案ずるに、前認定の事実から明かなように右物件目録中約五トンは前叙ドリルロツトと共に被告が現に不法に留置して占有しているものであり、他の約五トンは成立に争ない甲第五号証及び前記認定の事実から認めうるように仮差押の際平林工作所から被告明科営業所倉庫に移してこれを占有し、被告明科営業所長に保管させていたのであるが、当事者間に争ない昭和二十七年十二月二十五日の右仮差押解放後は被告においてこれを保管し、その引渡を拒否していることは弁論の全趣旨から明かであるが、現在被告において右占有を原告に対抗しうべき何等の主張も立証もないから、所有権に基いてその引渡を求める原告の請求は理由あるを以て正当としてこれを認容する。
よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条第九十二条仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 花淵精一 岡部行男 加藤一芳)